日本の芸術を愉しむ② はじめての能楽

「能楽」(能と狂言)は、日本最古の芸能といわれ、ユネスコ無形文化財にも登録されています。しかし、「舞台でみる機会が中々ない。」という方も多いのではないでしょうか?

ちなみに、私もその1人でした。かねてより「観たいなあ」と思いながらも、縁遠く、足を運んでこなかったのです。

ところが、月1で参加しております「庭めぐりの会」主宰の表象文化研究者・原 瑠璃彦くんが、能と庭が専門だったのです。ありがたくも「どんな能がいいの?」と気楽に信頼おける情報をきける方がついにできて、はじめて足を運んだのが、2018年の8月でした。

その日の衝撃で、以来、わたしは月に2〜3回は能楽に足を運ぶようになったのです。

「無音」で、夢の世界に入った。

その衝撃の「はじめて」の能楽は、『清経 恋之音頭』というお能でした。
なんの知識もなく無心で観たのが功を奏しました。

この曲の見せ場である、舞台すべてが「無音」になる場面で、時がなくなるトランス体験をしました。「無音」の時は、本当に「しぃん」…となります。お囃子(はやし)もみな静止。主役のシテも静止。

「しぃん」….「笛」…..「しぃん」….「笛」…..「しぃん」….「笛」

これを、繰り返すこと、かれこれ20分(!!!)

「無音」の存在感。
これで、その場にいた全員が、時空を飛び夢の世界に入りました。

カタチあるものの表面を工夫するのではなく、夢とうつつの架け橋となる装置として「無音」を機能させてしまう能楽は奥深いですね。

これまで体験したことない、へんな笑い。

ある日、狂言を観た時も、驚きました。

大蔵流(能楽には流派があります。それぞれスタイルが違います)の『射狸』という演目でのこと。

ストーリーの中で、狸を射る漁師に紛争を見破られた後に狸「腹鼓(はらづつみ)」を打つのですが….

なんとも、くすぐったい奇妙な間と音!
これまで体験したことない、へんな笑いが出ました。

こういう笑いは、テレビやYouTubeのお笑いを見ても出ない。日常でもない。

とても自然だけど、習慣に埋没した反応でない新しいレスポンスでした。知ってる「笑い」の概念と違うからか、日常レベルでは感じたことのない感情・思考がほとばしるのです。

これが、生きてる芸術(「日常での有用」や「自然」とは異なる「用」が体験できるコンテンツ)特有のレスポンスではないかと考えます。


でも、眠くならない?

さて、「能楽」観に行こうかな?

となったときに、すぐ出てくるのが「でも、眠くなるのでは」「難しいのでは」というストッパーではないでしょうか。

永遠の初心者ポジションを貫く私は、「案ずるより産むが易し!」で、楽しめてきてます。

初体験前は、やはり難しいのかな?と懸念していましたが、飛び込んでみると、そんな心配は無用でした。

なぜならば、能・狂言のストーリーはシンプルで普遍的なので、歴史や古文の素養などなくても、おおよそがわかるからです。

狂言の場合は、ふつうに面白くて笑いが出てきます。

能の場合は、『清経 恋之音頭』のように、むしろ眠くなって脳波がシータ波になることで、頭脳をやすめて、夢うつつの世界に接触するのが狙いなのだと思うので、それでよしなのだと思います。

そして、それでもハマらない場合は、相性の問題なので、無理せずに「観なくてよい」と割り切るくらいが、自由でちょうど良いですよね。

どこに行けば、観られるの?

さて、では、どこに行けば能楽は観られるのでしょう?

ここに全国の能楽堂マップがみられます。
http://www.the-noh.com/jp/theater/index.html

国立能楽堂は、現在オリンピック競技場をつくっている東京・千駄ヶ谷駅近くにあります。

あの辺りは、都会都心部なのにも関わらず、江戸時代ですか?というくらい、夜のとばりが落ちたら、もうどっぷり暗闇です。

後ろからとんとん。。。なんて、肩をたたかれて、フッ!と後ろを振り向いたら、誰もいなかったとか。そんな雰囲気。

能楽は超自然的な存在が主役ですから、私は足を運ぶ度に、なんてぴったりのエリアだろう。さすが、国立だ。と、思ってます。

また、お客様を拝見していると、他のパフォーマンス・ジャンルと比較すると、お1人の方も多いのも風流だなあと思います。夢の世界に飛んで返ってくる装置として捉えると、世俗の人との社交を必要としないのでしょうか。

暗闇に浮かぶ「国立能楽堂」の看板。


欧米とは違うカラダの使い方。

欧米とは違う、東洋のカラダ使いの特徴がわかりやすいのも、能楽です。

たとえば、野村萬斎さんのカラダの使い方。いつ拝見しても、意識とカラダの関係(所作)も、大変興味深いです。意識がクリアで、雑味がなく、しゃん!として、カラダをすみずみまで、完全にコントロールしながら、リラックスされてる。

身長は174cmですが、止まっていても、動いていても、前後左右2メートルくらい卵みたいに大きくふくらんで見えます。

萬斎さんからお話をうかがった方から聞いたのですが、意識はいつも「背中側の腰」にあるそうです。

最後に、はじめて観覧される方へ。

楽しく体験してみたい!という場合は、日本橋にある「水戯庵」がくつろげて素敵です。


本格的な能楽の良い部分だけ抜粋して、観られます。レストランとして美味しいお寿司やおつまみもあり、多国籍のインテリアも優雅です。

そして、能だけ・狂言だけ、という舞台も、もちろん面白いのですが、やはり「能と狂言ワンセット」で観るのがおススメです。

通常はこのワンセットで、披露されます。

物事の表裏、裏表、どちら側からも観ることができて、陰陽が閉じるものだと感じるからです。すると、気持ち良く、夢にいって、帰ってこられる感じがします。

本当に、「能楽」は、どこからやってきたんでしょうね。

梅澤さやか