目録① 手塚愛子展 「Dear Oblivion – 親愛なる忘却へ -」

解いて、糸に戻る。
糸が、また織られる。

織物は横糸と縦糸が交差することで布地となり「模様」や「絵」が浮かび上がる。その歴史は長く、敷物・寝具・衣服といった日常品でもあり、タペストリーとして芸術的にも用いられてきた。

そういえば、私も小さい頃に、おもちゃの織物にハマったことがある。
ミニチュアの織機だけど、読本が付いていてかなり複雑な模様まで織ることができた。糸と糸を組み合わせるだけで、こんなものが作れるんだ!と夢中になった。

3色の色糸を使った手織り(メキシコ

ところが、織り上げることは体験しても、織ったものを解いたことはなかった。編み物だと編んだものを解くことは簡単だけど、織物だと面倒だからなのか?

というわけで、手塚 愛子の仕事(と、いう言い方がとてもフィットする気がする。作品ではなく「仕事」。英語だと “piece of work ” となるかな)に触れると、ハッとするのです。

Mutterkuchen – 03 (Oblivion), 2019年
既製布の織物を解いて編んだ籠と刺繍 H.134 x W.65 cm

籠と織物が、解かれて、融合してしまった。
既製布の糸をこのように1本・1本 解くだけでも大変綿密な作業と時間がかかることと思う。手塚 愛子は、それをさらに籠を作り刺繍することで、再構築していく。

《華の闇(夜警02) , 2019年
ジャガード織り(作家によるデザイン)H.130 x W.175 cm
織物制作:テキスタイル博物館(ティルブルフ、オランダ)。チンリン・ワン(アムステルダム国立美術館キュレーター)とのコラボレーション作品。

これはレンブラントのかの有名な名画「夜警」がモチーフ。
しかし、フォトショップが黒(闇)と識別した箇所を、「更紗」に描かれた花模様に置換している。違うエリア・違う層にあった表象が出会うハイブリッド織物。

《親愛なる忘却へ(美子皇后について)》, 2019年
ジャガード織(作家によるデザイン)H.173 x W.320 x D.550 cm
織物制作:テキスタイル博物館(ティルブルフ、オランダ)
縫製仕様:奥山 陽太、久保南子

初めて公式の場で洋装を披露した美子皇后。明治末期の新年朝賀で着用されたという大礼服(マントー・ド・クール)が、皇后が詠んだ2首と組み合わり再構築された工芸的にも見事な作品。

和歌はこのように読める。

「外国の まじらひ広くなるままに おくれじとおもふことぞそひゆく」
(外交が深くなればなるほど、遅れまい、追いかけねばと思う)

「水はうつはにしたがひて  そのさまざまに なりぬなり」
(水は入る器の形によって様々に形を変える)

必要性と振る舞い(薩摩ボタンへの考察) -01
ジャガード織(作家によるデザイン)H.430 x W.860 x D.550 cm
織物制作:テキスタイル博物館(ティルブルフ、オランダ)

もっとも大きな作品。

2枚のジャガード織りが、解かれ、連なるダイナミックなインスタレーションだが、糸という何にでもなれるシンプルな構成要素に還元されているからか、とても軽やか。

必要性と振る舞い(薩摩ボタンへの考察) -03
ジャガード織(作家によるデザイン)H.154 x W.146 cm
織物制作:テキスタイル博物館(ティルブルフ、オランダ)

インスタレーションと連作シリーズ。

一見、どんな模様かわかりませんが、寄っていくと色々浮かび上がります。
実際は、飛鳥時代の帳・天寿国繍帳(聖徳太子の死を悼んで妃の橘大郎女が作らせたという銘文が残る。西方極楽浄土を刺繍で描いている。下図参照)が下地となり、その上に水月観音菩薩半跏像、薩摩ボタンが重なっています。

コンポジション(平面での構成)とも、コラージュ(継ぎ合せ)とも、コンバイン(平面に立体物を複合する)とも決定的に異なる。

なぜなら、最終的に、全ては糸によってまとまり、糸に還元するから。

天寿国曼荼羅繍帳 飛鳥時代の刺繍断片と 鎌倉時代の複製刺繍断片の貼り混ぜ 88.8×81.8cm. 中宮寺, 奈良 / TOKYODO – 世界美術図譜 日本編. 第6集, 1944年11月発行、東京堂書店, 東京

横糸と縦糸が織りなす「絵」は、解けばいとも簡単にシンプルな「糸」に戻る。そして再び新たな「絵」が織られていく。

コンセプト、素材、媒体、技術、文脈、美学が、まるで織物のようにまとまりながら、また自由に脳が解けていく気持ち良い仕事でした。

手塚愛子展 「Dear Oblivion —親愛なる忘却へ−」
会期:2019 年 9月4日(水)ー18日(水)11:00―20:00     
会場:スパイラルガーデン(スパイラル1F)

手塚愛子 Aiko Tezuka

1976年東京生まれ。2001年武蔵野美術大学大学院油画コース修了。2005年京都市立芸術大学大学院油画領域博士(後期)課程修了。2010年五島記念文化賞美術新人賞により渡英。その後文化庁新進芸術家海外研修制度により渡独。織られたものを解きほぐす作品を1997年より開始し、歴史上の造形物を引用、編集しながら新たな構造体を作り出す、独自の手法により制作を続ける。現在ベルリン在住。近年の展覧会は東京都現代美術館、福岡市美術館、国立新美術館、兵庫県立美術館、豊田市美術館、テキスタイル博物館(オランダ)、ヨハン・ヤコブ美術館(スイス)、韓国国立現代美術館、ターナーコンテンポラリー現代美術館(イギリス)、アジア美術館(ドイツ、ベルリン)、美術工芸博物館(ドイツ、ハンブルク)など多数。
aikotezuka.com

梅澤さやか