日本に香りがきた道② 仏の香りを聞く

「日本に香りがきた道」をシリーズでお送りしています。

シリーズでは、香りがどのように日本にやってきて、どのようなカタチに変化したか?歴史を辿ることで、臭覚を解放することを目論見してます。

2回目は、「仏教は香りをどう用いてきたかです。では、どうぞ。

▶︎ご参照:
衣服空間:メゾン フランシス クルジャンの香水・ウード
日本に香りがきた道① 香りがつなぐ祈り。淡路島に流れ着いた香木

淡路島にたどり着いた香りは、大和朝廷を中心に、仏教とともに広がりました。

仏様にお線香を備えたり、古いお寺に行くと薫ってくる独特の香気。
仏教に香りがつきものなのは、なんとなくご存知かと思いますが、仏教では香りをどのように扱っているのでしょう?

仏教伝来の歴史をかんたんにおさらいしましょう。

538年(飛鳥時代) 仏教伝来
595年(飛鳥時代 )淡路島に香木が漂着
753年(奈良時代) 唐の僧侶・鑑真和上の来朝



大和朝廷への仏教伝来年は2説ありますが、現在では「538年」が有力です。
いずれにしても、百済と大和朝廷との国交をとおして、仏教の教えがもたらされました。激しい崇仏・廃仏論争をへながら、仏教推しの豪族・蘇我氏派である推古天皇が即位してから、仏教にもとづいた政(まつりごと)が行われて行ったのは、ご存知の通りです。

推古朝、蘇我馬子が建立した「飛鳥寺」の飛鳥大仏(釈迦如来)。百済から日本へ僧と技術者が送り込まれて作られました。
私が2014年に行った時の写真なので、少し粗くてすみません(汗)

シリーズ①で取り上げた「日本書紀での淡路島に香木が漂着した記述」は、仏教伝来から約60年後ですので、それより前には、すでに仏教とともにお香は伝わっていたことが予測されます。

つまり、仏教儀礼に必須のツールとして、香りは伝えられてきました。



花を供える(そなえる)、花を手向ける(たむける)といった言葉は、今でも馴染みがあると思います。仏さまや死者に花をお供えして、供養の思いを捧げることですよね。同じように香りも「供香(ぐこう、そなえこう)」として、仏教儀礼に欠かせないものとして伝えられてきました。

これが仏教儀礼として確立したフォーマットが「香・華・灯明(こう げ とうみょう)」
漢字のとおり、香り・華・明かり(蝋燭)の3つをそろえてお供えすることです。このお供えをするためのお道具セットが「三具足(みつぐそく、さんぐそく)」=香炉、花立、燭台です。(具足というのは道具という意味)。「仏壇」に欠かせないのは、まず本尊ですね。そして、供養のための三具足。三具足は、宗旨・宗派に関係ない仏具なので、おうちに仏壇がある方は、お馴染みかと思います。

三具足。使える写真がなかったんで、拙い手描きで失礼します。香炉が中心、向かって右が燭台、左が花立。

仏壇での三具足の置き方に注目してみると、仏教における「香り」がどのような役割をになっていたかが直感できます。

三具足は、仏壇の一番下に置きます。香炉が中心、向かって右が燭台、左が花立。「3」は、古今東西とわず創造原理のマジックナンバーです。三位一体でどれが欠けても機能しないので、どれが偉いとかはないのですが、中心に「香り」を持ってきた意味はなんだったのでしょうか?

さあ!読者の皆様も、ここからは歴史書やwikiに書いてある知識からの判断を離れて、ただただ直感してみましょう!ここで思い出すのが、前回の記事でご紹介した「仏教と香りのルーツであるインドでは、香りで自分と場を清めて、神と自分をつないできた」ということです。

▶︎ご参照:
日本に香りがきた道① 香りがつなぐ祈り。淡路島に流れ着いた香木



中国と日本では「香りを聞く」といいます。
唐の詩人・杜甫の詩にも「心清聞妙香」(心を清らかにして、妙なる香りを聞く)という一節があります。

杜甫・『晩笑堂竹荘畫傳』より

この感性は、視覚でも聴覚でも触覚でも味覚でもなく、香りこそが人間がキャッチできる範囲の感覚で「最も見えない領域に近い」ということを直感的に告げています。

古今東西によらず、全ての文明で神(と呼ばれる創造力)は、光を通して物質界に降りてきます。純粋な光が降りてきたときに、まずかぐわしい香りが薫るのです!仏陀も、キリストも、天使も、みな芳香を漂わせています。

芳香が、まだ地上に降り立つ前のピュアな光の表現体であれば、美しい香りがあるところには魔が差しませんね。比べると、腐ったような淀んだ悪臭は様々な停滞物があります。仏教の供養で香りが使われ、また、それが中心にすえられてるのは、何よりもダイレクトに仏の世界とつながる直感の場を作る(整える)ためだったと、私は思います。やがて、それが発展してお香や線香の「煙」の文化で、見えないものを煙という消えゆく視覚でとらえる発想から生まれたのではないでしょうか。

気がついたら、歴史のお勉強から飛躍しました!
これも香りのマジックでしょうか?

そして、753年。

唐の僧侶・鑑真和上が大和王朝にやってきます。
彼により、香りの歴史はさらに進化していきます。仏の香りを聞いて供養を行うための香りから、貴族の遊びの「薫物合わせ」のはじまりです。それは、また次回へ。

これは、SEKI DESIGN STUDIO(関洋 & 秋山光恵さん)とPanoramaさんのコラボ

余談です。

利休がデザイン革命した以降は、ほとんどスタイル変更がない仏壇と三具足。昔ながらのキンキラキンのゴールド仕様は、正直、今のリアルな生活空間には重たいし、もっとモダンなものあっても良いなと思いません?

仏前に手を合わせる方も減ってきてますが、儀式が形骸化したり、利権重視のビジネス化したり、しまったからだと思います。それらを全部取っ払って、シンプルに個人でできる供養の原型を考え直したら?仏の香りを聞く仏具があってもいいと思います。

見えない繋がりと心/形を合わせる物づくりがもっと増えるといいなあ。

梅澤さやか